自治医科大学医師会 安田 是和 会長

地域医療守る高度な技術

高い医療技術で栃木県民の健康を支える自治医科大学附属病院。
県民には力強い存在だが、勤務医の過酷な状況など医療体制を守るうえでの課題も多い。
安田是和自治医科大学医師会長は「大学病院を上手に利用する工夫を」と呼びかける。

安田是和会長
地域の医師会と協力・連携
■自治医科大学医師会の概要、活動内容などを教えてください。

 自治医科大学医師会の会長は自治医科大学附属病院の院長、副会長は3人の副院長が務めています。この春から私が会長に就くことになりました。その前には5年ほど副会長の経験があります。会員
は自治医科大学の教授、准教授で、平成24年4月現在、約140人います。
 栃木県医師会と密接に協力し合いながら、特に勤務医が抱えるさまざまな問題解決に当たっています。また、栃木県内の各郡市医師会との間で懇談会を開催して、地域の先生方と、病診連携、病病連携のあり方などについて問題意識を共有するよう努めています。新型インフルエンザが発生した時には、県や地域の先生方と大学病院が連携して対応する体制をつくりました。救急体制も課題です。

負担が大きい勤務医の実情
■大学病院の立場からみて、県内の医療の状況はどのように映りますか。

 最大の課題は医師不足です。これは救急医療体制の問題にもつながります。当病院では地域の病院に医師を派遣していますが、そうしたことを行うにも当然医師が必要になります。卒業生は大半が全国各地に戻るので、大学病院に残る医師は少ないのです。都内から来てもらったり、本学卒業後、地域での勤務が終わったりした人に来てもらうように努力していますが、そのためには教育プログラムを充実させるなど、若い人たちが魅力を感じる条件を整えなければなりません。これは患者さんに対しても同様です。
 県民の健康という観点からいえば、栃木県は健康に関する指標があまりよくありません。周産期・乳児・新生児の救命医療に関してはかなり改善されてきました。県の補助金で当病院と獨協医科大学病院に周産期センター、とちぎ子ども医療センターが設置されたことによるものです。しかし、満床の状態が多く救急の受け入れが困難な状況です。栃木県は塩分の摂取量が多く、高血圧や脳卒中、心臓疾患などが目立つため、各医師会では公開講座などを開いて注意を呼びかけています。ただ、背景には塩分の多い味を好む土地柄があり、予防には県民の理解が必要です。
 医療体制の面からは、勤務医の勤務実態が極めて過酷なことが挙げられます。当直の次の日もほとんどの医師が働いていますので、36時間近く連続の勤務ということになります。休日や週末は若い医師が自発的に看てくれてようやく成り立っている状況です。当病院は高度な医療を行う「特定機能病院」で、各専門医が診療に当たっていますが、それらの医師たちが救命センターの医師とともに夜間休日の救急医療にも携わっています。心身が疲れ切った状態では判断力が鈍り、医療事故を起こしかねません。患者さんの安全のためにも、もう少しゆとりが必要です。

〝共倒れ〟にならぬよう
■改善するために患者の立場からできることはありますか。

 救急の利用の仕方をもう少し工夫していただけたらと思います。昼間のうちは具合が悪いのを我慢していて、夜になって、特に明け方に救急車を呼ぶという人が見受けられます。こうしたことが積み重なって、医師にとって大きな負担になっています。このままでは医師も患者さんも共倒れになってしまいかねません。日本では健康保険制度が完備され、医療行為にお金がかかるという意識が希薄になっている気がします。開業医の先生方や地域中核病院との交通整理がうまくできれば、基本的には現在の医師の数でも十分な診療が可能だと思います。患者さんにもよく理解していただいて、医療機関を上手に使ってもらいたいですね。

■県民に対する啓発活動などはいかがですか。

 栃木県医師会や各郡市医師会、栃木県などが主催する各種講演会に、講師を派遣するなどの協力を行っています。また、大学でも市民向けの公開講座のほか、受講者の要望に沿って、医師はもちろん、看護師や検査技師、救急隊員などの教育などにも取り組んでいます。こうしたことは大学病院でなくてはできないことでもあります。

自治医科大学附属病院
ネットワークづくりが重要
■東日本大震災の影響はいかがでしたか。

 栃木県は被災県でもありました。幸い病院自体には大きな被害はなかったのですが、物流がストップすると大変なことになることを痛感しました。医薬品はもちろん、自家発電用の重油なども届かず、1週間ほど大きな手術の数を減らさざるを得ませんでした。職員が通勤できない事態も発生しましたし、患者さんの食事なども厳しい状況に陥りかけました。
 さらに原発事故が発生しましたので、どのくらいの患者さんが運ばれてくるのか予想ができない状況でした。情勢が判断できるまでは当病院を守る態勢を整え、福島県立医科大学や東北大学と連絡を取り合いながら、福島県からの患者さんを受け入れました。救命救急センターを中心に、除染の準備など放射能対策も行いました。被災地には少数ですが今でも医師を派遣しています。災害に対しては災害対策マニュアルを作っていますが、今回のような事態では役に立たないことがよく分かりました。ただ、どれだけ準備をすれば十分なのか、判断は難しいですね。また、当病院は災害拠点病院に指定されていますが、自らが被災した場合を想定していません。今後は他の病院と
ネットワークをつくって対応することが求められると思います。全国規模で考えていく必要があります。

■これから取り組んでいこうとしていることはありますか。

 手術室の整備です。社会の高齢化が進み、手術が必要な患者さんの数が相当な勢いで増えているのです。手術は1人ではできません。チーム医療が不可欠ですが、外科系医師を志す先生はどんどん
減っています。一人前の技術を習得するまでに時間がかかるうえ、医療事故で訴えられるなどのリスクがあるからです。ほとんどは安全であるにせよ、医療にはどうしても危険が伴うものです。日本人の平均寿命は大きく伸び、医療は確実に社会に貢献してきました。しかし、一方で社会は急速に高齢化が進み、患者さんにもそうした医療の不確実性や危険性を理解していただき、本来日本人の持っている思いやりの心を、思い出していただければと思います。


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